奇妙な仕事 大江健三郎著


f:id:tade:20211210092558j:image

『死者の奢り』後記より 引用

 僕はこれらの作品を1957年のほぼ後半に書きました。監禁されている状態、閉ざされた壁の中に生きる状態を考えることが、一貫した僕の主題でした。

 そしてこの後記には僕は「悪い学生」に変わったと記されている。

 2021年コロナ禍に生きる人々に向けて、この作品は書かれた。実験動物として飼育される犬を殺す仕事に雇われた大学生は、不思議なほど現代に生きる僕たちの状況と似ている。今ならさしづめ多頭飼いをして、保健所に収容された犬150匹の始末をつけるのに違いない。

 リモートで非正規労働者として雇われる学生。仕事が終わったらペイをもらって「火山を見に行く」という女子学生、さしずめポイ活をして、ペイで支払うということになる。そして、病院の財政難から職場を異動になる看護師。

火山はおかしいなあと女子学生はいい、静かな声で笑った。(洗い場の)水に両手を浸したまま彼女は空を見上げていた。君はあまり笑わないねと僕は言った。子供の時だって笑わなかったわ。それで、時々、笑い方を忘れたような気がするとね、火山のことを考えて涙を流して笑ったわ。大きい山のまん中に穴があいていてそこからむくむく煙が出ているなんて、おかしいなあ。

 こころにぽっかりと空いてしまった穴。それをおかしいと笑う彼女は、痛い。

 そして、死んでいった150匹の犬の代わりに、雑種の赤犬を飼うという学生。保護犬のことが会話にでる。

 この小説の描写は、ペストのカミユさながらだ。大江の暗さや重さを当時から嫌う読者は多かった。しかし、今の世界でこの小説の声は驚くほど響く。