円の値段

◆溶け続ける財政の土台
 自国通貨の価値が下がると国民は惨めな思いをします。一ドルが三六〇円だったころ海外に行った日本人は十分にモノが買えなかったはずです。そのレートが今も続いていたら十分なワクチンも手に入らなかったかもしれない。
 八九年から九〇年代にかけての混乱期、ロシアでは外国製たばこの価値が上がり、「マルボロ本位制」などと揶揄(やゆ)されていました。中国でもかつて二種類の通貨が存在し、一般市民が使う人民幣は外貨と交換できませんでした。
 ドルやユーロと自由に交換できる安定した円は永遠に続くのでしょうか。海外から借金していないからといって、巨額な国債を発行しながら莫大な財政出動を続けて大丈夫でしょうか。
 野放図な財政を狙って投機家が円の売り浴びせを仕掛ける悪夢が脳裏をよぎります。もちろん悪夢が現実となる可能性は低い。日本の金融システムは安定し、投機を押し返す余力は十分ありますが、コロナ禍と向き合う中で、通貨の価値を支える財政の土台が溶け続けているのは事実です。
 約三十兆円。二〇二〇年度予算で余った額です。せっかくの予算の多くがコロナ禍で苦しむ人々に回らなかった証拠です。
 今回の衆院選は、限りある財源をどう有効に使うのか、考え直す絶好の機会です。将来、万が一国の信用が崩れて通貨に波及したら、若い世代や子どもたちが被害を受ける。そんな当たり前の事実を反すうしながら、投票しようと考えています。

 東京新聞 10月17日 社説