ロシアの敗走

食糧、原油天然ガス、大量の武器を有するロシアが、敗走を続けている。切り札は、戦略核をキーウに打ち込むことだが、それはプーチンの敗北を決定的にする。
 核を使用した途端、「ロシアの核ミサイル基地にICBMを飛ばす」とアメリカ側も反応する。それが、何を意味するのか。プーチンでなくても理解できるだろう。

ウクライナ戦況で崩れた暗黙の合意
 プーチン氏は21日のテレビ演説で、部分的動員令を発動し、ウクライナ東部や南部で住民投票が実施されれば、その結果を尊重する意向を示したうえで、ロシア領の安全が脅かされる場合には「あらゆる手段で対抗する」と発言した。この3点は相互にリンクしている。

 ウクライナ侵攻に先立ち、プーチン政権にとっては首都キーウ(キエフ)を占領するのが「プランA」だったが、計画通りに進まず「プランB」に切り替えた。それは本格的な動員なしに、東部と南部の支配地域を拡大し、その地域の「ロシア化」を進めながら、冬の到来を待つ戦略だった。厳寒期が訪れれば、ロシア産の地下資源が必要とされると見込み、対露制裁で結束してきた欧州諸国が割れるのを待とうとした。

部分的動員令の発動に抗議した男性を拘束する警官隊=モスクワで2022年9月21日、ロイター拡大
部分的動員令の発動に抗議した男性を拘束する警官隊=モスクワで2022年9月21日、ロイター
 ところが9月に入り、ウクライナ北東部ハリコフ州の広域な占領地域を失ったことから、プランBの修正に追い込まれたのだ。ロシア国内では政権の支持基盤からも「これまでの戦争の進め方が正しくない」という声が上がったことから、部分的とはいえ、動員に踏み切らざるを得なくなった。

 ショイグ国防相は30万人の予備役が動員対象になると説明しているが、西側の基準に照らし合わせれば、ロシアの予備役は十分に訓練されていないと考えられている。今後、動員される予備役が即戦力になるとは思えず、ロシアに有利な形で戦況をひっくり返せるわけではない。

 これまでロシア国内では、ウクライナの戦争と自分たちの日常生活が分かれているという「パラレルワールド」が存在していた。しかし部分的とはいえ、動員令が発動されたことにより、この二つがリンクしたことから、ロシア国内で反対運動も起きている。プーチン政権は抑圧的な手段で取り締まりを続けていくのだろうが、徐々に政権の支持基盤も弱まっていくと思う。

 ウクライナ東部と南部での住民投票については、占領地域を拡大したうえで実施することをもくろんでいた。当初は5月9日(ナチス・ドイツに対する戦勝記念日)に、その次に9月11日(ロシアの統一地方選実施日)に、直近では11月4日の実施を想定していたが、戦況の悪化を受けて、前倒しで実施せざるを得なくなった。

 これは占領した地域をロシア領とすることにより、攻撃を受けた場合には核兵器で反撃する対象地域になると宣言したことになる。この点についてもプランBを修正せざるを得なくなったのだ。

 プーチン氏はこれまでも核兵器使用の可能性に言及してきたが、初期の段階では西側諸国が介入してくることを阻止する狙いを込めていた。その後、ショイグ氏と米国のオースティン国防長官、ロシアのゲラシモフ参謀総長と米国のミリー統合参謀本部議長がそれぞれ電話協議を実施した。

 バイデン米大統領が5月末にニューヨーク・タイムズ紙への寄稿でプーチン政権の打倒を目指さない考えを示したし、米国がウクライナに提供する高機動ロケット砲システム(HIMARS)についても、ロシア領を攻撃できない射程に限定していた。こうして米国とロシアの間では、ウクライナ侵攻が続きながらも、核戦争には発展させないという暗黙の合意が成立していたと思う。

 ところがウクライナでの戦況が大きく変わったことから、ロシアにとっての暗黙の合意の基盤が崩れてしまった。プーチン氏は21日の演説で再び、核の使用を示唆して、どう喝せざるを得なくなっていた。その意味では再び、より危険な状況に突入しつつあるといえるだ
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